熱き60年代を過ごした41歳のメアリーは、全国に指名手配されている元ヒッピー。
トイザラスで見つけた「オモチャの」赤ん坊を生身の人間のように扱うが、ソレすらも彼女の思うとおりに育ってくれない。(よく考えるとこのへんで既に怖い)
人形の赤ん坊が夜泣きしたと思い込み、泣き止まないのでレンジで「焼き殺す(壊す)」程の激怒を内に持つ女。
一方36歳のローラはもうすぐ生まれる息子ディヴィッドの成長を慈しんでいたが、出産間際に夫の浮気を決定的な形で知ってしまう。
雑誌の告知広告を見て神の啓示と(勝手に)悟ったメアリーは、自分の赤ん坊が「ニセモノ」だから上手くいかないのだと思い、「本物の」赤ん坊を病院から盗み出そうと考える。
狙い定めた病院は、ローラが出産したセント・ジェイムス病院。
この2人は「自分のもの」を違う動機から真に欲している。当時のリーダーの子を失ってしまった代わりに、浮気をした夫の代わりに。
生まれたばかりの我が子を奪われた母親の慟哭は読んでいて悲しすぎる。
特にローラは夫の浮気から離婚まで考えてる状況なわけで、唯一の希望であった赤子を自らの手で魔女に渡してしまったのだから、その絶望たるや想像に余りある。
しかし赤子を攫ったメアリーも手前勝手にも赤子は「私の子」だと主張し信じている。
誘拐から12日経っても当局はメアリーを捕まえられない。嘆き悲しんでいるだけでは埒も明かない!とローラは行動に出るが・・・
ローラ→メアリーの追跡劇と、さらにメアリーに恨みを持ち彼女を殺せるなら側に居る赤子の命なんかどうでもいいと言う元警官(メアリーに負傷させられた過去あり)まで出てきて、二重(たまに並走、たまに抜け駆け)の追跡がスリリング。
ローラが恐怖心を抑えてメアリーに放った真実の言葉、
「あなたは嘘の塊だと思うの。あなたが自分に信じ込ませた最悪の嘘、それはディヴィッドをジャックのところへつれていけば自分がもう一度若くなれる、そう思いこんだことね」
は鮮烈。
お嬢さんだったローラが、身を切られるような不幸「夫の浮気」「息子の誘拐」で、怒りと勇敢さを糧に成長してゆく。
(小気味いいわけじゃない。なにしろこれこそ負のパワーだ)
マキャモンの作品は他に読んだことがないのでマキャモン評とはならないだろうけど、どうも視点がコロコロ変わるのにツイテいけない?
普通は「章」ごとに視点が犯人→捜査員→被害者→犯人、のように移ると思うんだけど、この作品に関しては「行」で変わってしまうので漫然と読めない。
映像的視点移行とでも申しましょうか?カメラがキャラをスイッチするように細かく描写が移りかわる。
これを理解できればかなりスピード感が出て面白いんだろうけど、慣れないもんで2、3行戻って読み直したりしてしまった。
しかし、メアリーとローラの対比は見事です。まったく違う生活をしてきたのに、私は2人がどこか似たような印象を持ってしまう。
都合の良さも見え隠れしたけど、ラストの展開はよかった。
しかしローラとメアリーの執念は凄まじいです。女の情念は怖いねぇ。
女性のこういう部分ってなんとなく理解できるだけに、都合の良さが感じられなければもっともっと恐怖に怯えたろうと思うと、ちょっと惜しい。